お金・資産づくり

投資が怖かった50代の私がPayPayポイント運用を始めた理由

皆さんは投資と聞いてどう思うでしょうか?

「怖い」「危険」「わかんない」という感じではないでしょうか?私は、そう思っていました。

石橋を叩いて叩いて叩きまくって壊してしまう程の私がなぜポイント運用を始めることになったのか。

きっかけは、「ポイントなら、やってみてもいいかもしれない」と思ったことでした。

この記事では、投資が怖かった50代の私が、PayPayポイント運用を始めた理由と、実際にやってみて感じたことを書いてみたいと思います。

目次

投資は怖いものだと思っていた

投資ってどんなものなんだろう。気にはなっていたけれど、実際にやってみる気にはなれませんでした。

どうやって始めたらいいかもわからないし、投資をするには現金が必要。その現金を捻出することが難しかったからです。

投資のいろはも知らない素人が手を出してはいけない、敷居が高いという感覚がありました。


投資=ギャンブルだと思っていた

投資と聞いて私は「怖い」、「お金に余裕がある人がするもの」という認識でした。だから私には関係ないものだと思っていました。

「投資=お金が増えるもの」という考えは全くありませんでした。むしろ、「失敗したらお金が無くなる」というマイナスイメージのものでした。

子どもの頃から貯金が一番だという教育を受けてきました。時代的にお給料をもらったら毎月積み立てる、ボーナスは定期預金をして将来に備える、そんな時代でした。

そう教育され育ったので、余計に投資とは「お金に余裕がある人の趣味」という認識があるのだと思います。

そして投資は必ず利益が得られるものではないというところも、ギャンブル性が高いのではないかという考えになっていたのだと思います。

投資自体に実体があるのかという疑問もありました。それほど遠い場所にある話だったのです。


周りに投資をしている人がいなかった

周りに投資をしている人がいないということは、教えてくれる人がいないということです。

当時は、知る必要がなかったというのもあるかもしれません。今のように「若いうちから投資を始めよう」と言われる時代でもありませんでした。当時の私にとって、投資を知らなくても生活に困ることはなかったのです。

こんな状態だったので、そもそも「投資ってどうやって始めるの?」という状態でした。


お金持ちの人がやるものだと思っていた

お金持ちの人が道楽でやっているものだと勝手に思っていた私は、「自分には縁のないものだ」と思っていました。

お金に余裕がなかったということもありますが、自分には投資をする資格がないと思い込んでいたのかも知れません。

それほど遠くて縁がないものだという認識でした。


素人が手を出したら危ないと思っていた

経験者でも損をすることがある投資の世界。素人である私が手を出したらどうなってしまうのだろうという恐怖にも似た気持ちがありました。

私は「石橋を叩いて叩いて叩きまくって壊してしまうタイプ」なので、わからないことに手を出そうという気持ちにはなりませんでした。

でも毎日生活しているだけで、お金はどんどん減っていきます。お金がなければ生活が成り立たないので、不安ばかりが増していきます。

素人が手を出したら危ない、でもお金にも働いてもらいたい、どうしたらいいの?

現金で投資することが怖かった

現金至上主義的な教育を受けてきた私にとって、現金が減ることが一番怖いこと。

投資するということは、現金が増えることもあるけど、減ることもあるということ。そんな怖いこと出来なーい。


これ以上現金を減らしたくなかった

現金至上主義の時代に育った私にとって、虎の子である現金が減るということはとっても勇気のいること。清水の舞台から飛び降りるほどの感覚でした。

日々の生活に追われ、やっとのことで貯めた現金が減るなんて。現金にも働いてもらいたいけど、実体のないものに出費するほどの余裕はない。

これってわがままなの?やりたいけど、お金は出したくないみたいな。どんな状況?

でも、現金を使うことが怖かったのは事実。主婦として、一家の生活が懸かっている訳だから。家族を路頭に迷わせるわけにはいかないのです。主婦の意地にかけて!

仮に、投資をしても増えるという確約が持てない以上、投資をするわけにはいかない。これが答えでした。


投資に回せる現金がなかった

投資は余裕資金がないとできませんよね。今の生活を犠牲にしてまですべきことではないのではと思っているからです。

いくらから投資できるのかも知らなければ、どうやって始めるのかも知りませんでした。

投資の仕組みを知らなかったことも大きかったと思います。


利益が出るか分からなかった

そもそも、投資をして利益が出るというのがどういうことなのかも、よくわかっていませんでした。


損失が出たら困る。でも、どうなったら利益が出ているのかもわからない。どのくらいの期間続ければいいのかもわからない。

わからないことだらけだったので、怖くて当然だったのだと思います。

50代だからこそ、失敗したくなかった

50代という年齢。若くもなく、老人でもない。このどっちつかずの年代。周りも本人もですが、ほんとに扱いづらいと思うのです。

それなりに経験はある。でも先は見えてきている。この状態で失敗するのは命取りになりかねない。

この先の人生も笑っていたいから、失敗はしたくない。


50代で失敗したくなかった

私にとって50代は、人生の先が少しずつ見えてくる年代です。働ける時間の限界も見えてくるし、老後に備えて準備しなければならないとか、人生における色々なことのタイムリミットが迫ってきている年代だと思うのです。

この状態で失敗はホントに苦しいと思う。もう大きな失敗をして、ゼロからやり直すような余裕はないと思っていました。

今まで積み上げてきたものが崩れていく怖さ。これは、本当に怖い。

収入を得られる限界が見えている状態で現金を失うことは考えられません。

失敗から成功を学ぶという次元を超えている状態での新しいことに挑戦は、なかなかにスリル満点です。

私はそのスリルを体験する勇気は持てません。


老後の生活に不安があった

ずっとパートで働いてきた私は一体いくらの年金がもらえるのか、年金支給額も年々先細りしかねないかも知れないという不安。

今は、持病はないからほぼ医療費はかかっていないけど、歳を重ねれば医療費もかかってくるはず。収入には限りがあるけど、支出には限りがないように感じています。

この状況で、虎の子の現金を手放すという選択肢はないし、考えられないというのが現状です。

家のローンや教育費、日々の生活で思うように貯金ができなかったというのも老後に対して大きな不安要素でした。


貯金を減らしたくなかった

現金が減ることが怖いという感覚は子どもの頃から刷り込まれているのです。

現金を手元に置いておきたいという感覚も同じです。何か、自分の身の回りで起こった時にはやっぱりカードでも、QRコードでもなく現金しか使えなくなることがあるのではないかと思っています。

通帳の数字ではなく、実際に現金が手元にある安心感があるのです。

思うように貯金が増えなかった

日々生活していると、お金はいくらあっても足りないと思うほど毎日カツカツでした。

大黒柱の収入は一向に増えないけれど、子ども関係のお金の出方はえげつない。うちは男の子が2人だったので食費も半端なかったです。


収入より物価上昇が大きかった

スーパーへ買い物へ行くたびに物価の上昇を感じていました。〇%引きのシールが貼ってある食品ばかり買っていました。

魚も食べさせたいけど、きちんとした形のものは高くて手が出ない。なので、「アラ」と呼ばれる切れ端ばかり買っていました。魚がすきな子どもたちにもっとちゃんとしたものを、もっと食べさせてあげればよかったと後悔しています。

お肉も同じで、基本割引されているものを購入する。それでも何でこんなに高いんだ!何にも買えないよ!と自分の心と葛藤しながらの買い物が日常でした。

自分ではその時々必死なので気が付きませんでしたが、子どもたちにも我慢させていたと思います。

食費もそうですが、光熱費も年を追うごとに上がっていきました。子どもたちが個室を使い始めると、それぞれが電気を使うようになります。お風呂に入る時間もばらばらになり、ガス代もどんどんかかってきました。

子どもの成長と共に光熱費の上昇も半端なかったです。


住宅ローンと教育費が思ったより大きかった

一番大きかったのは「住宅ローン」です。家を買ったのは28歳の時。定年までには払い終わるね!なんてのんきなことを言っていたのですが、これが思ったより肩にずしっとのしかかってきました。

大黒柱の収入は増えないけど、住宅ローンの金額は変わらない。大黒柱は私にやりくりを投げてくる。ちょっとでも足りないというと「やりくりが下手なんじゃない?」と言われる。

頼れる実家も遠かったので、パートでしか働けない現実。本当に苦しかったです。

それに加えて、子どもの教育費がさらにのしかかってきました。中学、高校になると部活が始まります。必要なものの購入や部費、学校の授業のほかに塾代もあります。部活の送迎もあったので、子どもが中高の頃が一番忙しかったし、お金が無くて毎日不安で仕方なかったです。

自転車がパンクしたと連絡があれば迎えに行き、雨が降っていると言えば駅まで迎えに行く、そんな生活でした。


日々の生活に追われていた

家事に、仕事に、育児に追われ、自分の時間なんてほとんどない。私が倒れたら家が回らないので、結婚してから何十年も寝込んだことがありませんでした。寝込めなかったという方がいいかもしれません。

家事、育児、仕事、毎日が忙し過ぎて、リビングに座る暇もないほどでした。ゆっくりご飯を食べる時間もなかったのです。

ほぼ、ワンオペで生活していたこの時期。精神的にも体力的にもつらい、と思う暇もないほどに忙しくあっという間に日々が過ぎていき、あまり記憶がないほどです。

このころのささやかな夢は「ゆっくり1人で珈琲が飲みたい」ということでした。

それでも、お金にも働いてほしかった

どうにかして余裕のある生活を送りたかったのです。そのためには、働く柱を増やすことが確実だと。パートのほかに単発的なバイトにも行こうかと考えましたが、ワンオペであることに加え、土日休みでない大黒柱では子どもに負担が行くのは目に見えていました。

お金がないのは親である私たちの責任なので、子どもに負担が行くことは避けたかったです。

そこで、白羽の矢が立ったのがお金でした。


収入の柱を増やしたかった

収入の柱を増やすことは簡単なことではありません。私も昼はパートで働き、夜は内職をするという状態がしばらく続きました。

ほんとに切実に思いました。もっとお金があったら、と。

大黒柱(夫)、小柱(私)、もう一本の柱は何にしようかと考えた時に、お金にも働いてもらう?という突飛な考えが浮かんだのです。

それくらい切羽詰まっていたのでしょう。お金を生み出してくれる安定した柱が欲しかったのです。


もっと生活に余裕が欲しかった

自分の時間がほんとにありませんでした。日々、何かに追われていて深く息をする暇もなかったように思います。スーパーで買い物をするのも神経を使っていて、無駄なものは買っていないよね!とレジを通す前に必ず確認するような生活。好きなお菓子を買うこともためらうような生活でした。

日々の生活に追われ過ぎていて苦しさはあったけど、楽しむことなんてなかったような気がします。

子どもの成長は嬉しかったけど、入学・卒業などの学校のイベントがあるとお金がかかる。そのたびにどうしよう、どっからだそう、ここならいいか、あのお祝いを回そう、なんて喜ばしいことなのに色々考えてしまって心からは楽しめていなかったです。 

ちゃんと正社員で働いていればとも思うけど、そこまでの決心が出来なかった。そのつけが回ってきていたのかも知れません。

ローンや教育費の負担を少しでも減らしたかった

なぜお金にも働いてもらいたかったかというと、家のローンや教育費の負担を少しでも減らしたいと思っていたからです。

大手の塾にも入れたかったし、名の知れた大学にも行ってほしかった。奨学金を借りなくてもいいように教育費を準備したかった。

全部親としてできなかったことです。結局大学には行けと言っておきながらお金の準備をすることが出来なかったのです。これは、子どもに対してほんとに申し訳ないと感じています。

なので、働けるものにはすべて働いて欲しかったというのが現状でした。

ポイントなら投資を始められると思った

ここまでお金のない生活を送ってきた私なので、現金が減ることは考えられないのです。

投資ということは、現金で購入するわけなのでお金が減ります。どうにかしてお金が減らずに何かに働いてもらうことはできないのかと考えていました。


ポイント運用を知ったきっかけ

投資ってどうやるんだろうなんて考えていたある日、パートさんから衝撃的なことを聞いたのです。

「PayPayのポイントで運用ができるって知ってる?」

パートさん
パートさん

そのパートさんはたまにヘルプに来てくれるパートさんだったのですが、雑談の延長でポイント運用のことを教えてくれたのです。

うめこ
うめこ

「は?何それ?知らない。」

PayPay自体はやってはいました。PayPayで払うとポイントがついてくるので、次の買い物の時にポイントを上乗せして支払いに使っていたのです。

うめこ
うめこ

「ポイントってあのポイントだよね」

「そうだよ。他にポイントある?」

パートさん
パートさん

そりゃそうです。他にポイントなんてないんです。

うめこ
うめこ

「ポイントって運用できるんだぁ」

と寝耳に水でした。実際にポイント運用の画面を見せてもらったのです。

いい感じに上向いている折れ線グラフが描かれていました。

うめこ
うめこ

「これ、やってみたい!」

ポイントならいいじゃん。お金じゃないし。

ヘルプで来てくれているパートさんだったので、その日のうちにやり方を詳しく聞きました。コースの事も聞いたような気がします。

家に帰って色々調べながらポイント運用の設定をしました。その時に運用するコース決めで悩みました。コツコツなのかドカンと一発勝負なのかで迷いました。

ここはポイントだし、生活が潤うことはあっても損をすることはないだろう。ポイントだし、マイナスになることはない、ポイントだし。

運用コースはドカンと一発勝負の変動幅が大きいコースにしました。半分おふざけで、でも半分期待しつつ、下がるということは全く考えていなかったのです。


ポイントなら挑戦できると思った

ポイントだし、お金じゃないし、挑戦できるかも。やれるかも。

だって、ポイントだよ。生活に関係ないんだよ。やるしかないでしょ。

少しでも、ポイントでもお金が欲しい私は飛びつきました。普段は「石橋叩き壊し女」の私ですが、この時ばかりは飛びつきました。

ポイントなら現金を失うわけではない。そう思うと、現金で投資するよりずっと心理的なハードルが低かったのです。なぜなら、現金を使わずに値動きを経験できると思ったからです。

さらに、ポイントということは、おまけ。おまけで投資の色々を経験できるということは、何だか得した気分だ!ポイントだからお試し運用ができるはず。経験値としてもいいかもと考えました。


初めてポイント運用をしたとき

どうなるかわからないけど、利益が出ないことなんて考えられなかったので、乱高下が激しいコースを半分遊び感覚で選びました。

必ず上がる、利益が出る、そんなことしか考えていませんでした。なぜ、そんなに自信があったのかも不思議なのですが、良くわかっていなかったのでしょうね。

コース選択は重要だよ、と今なら思います。


実際に始めてみて感じたこと

実際にポイント運用を始めてみてわかったことは、こんなに乱高下するのだということでした。乱高下するコースを選んだのだから当たり前なのですが、ちゃんと値動きすることに驚きました。

あまりにも乱高下するものだから、アプリをチェックすることが多くなりました。チェックするたびに心がざわつくことが増えました。チェックしなければいいのですが、増えると信じて疑わない私はチェックせずにはいられなかったのです。

増えると信じているということは、利益を出そうと思っているということ。確実に利益が出るなんてことはないのに不思議と必ず利益が出ると思っていたのです。

利益が出ると思っているから、損失が出た時には苦しくなります。何で?と。

何で?が増えるたびに心が疲れていきました。思い込みって疲れるのです。

ポイント運用を始めて、投資への見方が変わった

ポイント運用を始めてみて「やればできるんだ」という気持ちというか、「なんでもやってみないとわからない」ということがわかりました。

50代で初めて、ポイントとはいえ、投資デビューしたわけです。私にとっては、投資デビューした日が「私の人生で一番若い日」なわけです。いくつになっても挑戦することは大事、ということを学びました。


NISAやiDeCoにも興味が出てきた

ポイント運用を始めてから、色々な投資に興味が出てきました。私がするとしたらiDeCoかNISAかなぁと。実際に現金でするとなれば、なるべく損失を出さないようなものを。

国が国民に進めているものなら私にもできるかもしれないということで、私はNISAをやってみようと思いました。ネットで証券口座を開いて、自分で投資先を選び、毎月決まった額を投資する、という流れです。

自分の納得する形で投資したいということで、何日も何日も悩みに悩んで決めました。

生活に影響がない範囲でやってみるということも大事です。私は自分の納得する形での投資をしたかったので、この形に落ち着きました。

大きな利益を求めなければ、心がざわつくこともないです。チェックのし過ぎもよくないです。適当に、適度にチェックすることが大事なのかもしれません。

自分が納得していれば、損失が出たとしても納得できます。人に言われたからとかではなく、「自分で」が何よりも大事なことだと思っています。


値動きを経験することで投資への怖さが減った

上がることもあれば下がることもあると知ったことはとても大きいです。上がると信じて疑わなかったから苦しかった。今ならわかります。右肩上がりはありえない。上がり下がりしながらの折れ線グラフを書いていくものなのだと。

上がりっぱなしのこともないし、下がりっぱなしのこともないのだと思います。多少の上下の動きはあります。でもそれに一喜一憂していたら心が体がもちません。もっとおおらかな気持ちで見守っていくことが大事です。

上がることもあれば、下がることもあるのだと知りました。我が子を見守るように温かい目で見守ることも大事です。
最初は下がると「大丈夫かな」と不安になったけれど、実際に値動きを経験することで、数字が動くことにも少しずつ慣れていきました。ポイントとはいえ、経験するということは大事なのだと感じました。


自分の気持ちと向き合えるようになった

以前は、ポイントが乱高下するたびに心がざわつき、落ち込んだり喜んだりしていました。ですが、いくら私が落ち込んだり、ニマニマしたりしてもポイントの値動きが止まるわけでもなく、動き続けるのです。

そのたびに心を動かしてもどうしようもないということに気づいてから、とても楽になりました。

私が喜んでいるときには、誰かがへこんでいるのかも知れない、逆に私がへこんでいるときには、誰かが喜んでいるのだと考えたら、そりゃそうだろうと妙に納得したのです。

ポイントの変動は動き続けるもの。動かなければおかしいのです。なぜなら、経済は動いているから。

ポイント運用で経験しておいてよかったと思ったことの一つです。

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